京つう

日記/くらし/一般  |左京区

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Posted by 京つう運営事務局  at    │  


恋人どうしならどこにいても楽しいもんだが、とにかく1度は四条橋から降りて土手に座って、おしゃべりして、やっと京都人の一人前の仲間入りってカンジ。上流の方は、亀石なんかの周辺が家族ずれでいっぱいだし、下鴨三角州はすぐ学生さんたちの集まりの場になったり。
広沢の池の一角に野鳥たちが休みに来る池の中に突き出してる一角がある。二人空間を求めて若い頃はよく行ったが、狭い空間に3組ぐらいは先のカップルがいて、結局嵐山の亀山や嵯峨野をうろうろした。さすがに夜に、深泥池には行かなかったが、宝ヶ池は車止めるのがたいへんだった。穴場は、円山公園の奥。池の辺りよりも突き当たりのいそべの一段上の東観荘や左阿弥やその上当たり。
誰も二人の時間を止めません。きっと。夜の八坂から清水までも実にロマンチック。昼とは別世界。新道降りてきて、そのまま川端向って歩いて、宮川町の中を、どんぐりまで抜けて川端渡って木屋町や西木屋町を下ってリバーオリエンタルとか、高瀬川沿いのお店とか、今夜は最高!


Posted by こやまあきゆき  at 17:49   │  comments:(0)  │   京都


祇園ばやしが聞こえはじめると、本屋やコンビニに祇園祭特集の本や雑誌が山積みになる。しかし、とっておきの保存版が、島田崇志さんが書かれた「祇園祭のすべて」(¥1900光村推古書院)である。なぜかというと、この方実は、祭りのドンのようなお方。今まで裏方で様々な祭りを支えてこられたが、今回その秘蔵写真を公開されている。ポイントは、山や鉾の写真が、資料としてわかりやすく記録解説されているので、ほとんどの他の本のように、全体写真と簡単な説明が載っているものと違い、一つ一つの装飾品の写真と正しい解説が、わかりやすく載っている。今まで見ていた鉾でも何も知らずに見ていた事が、実に楽しさを何倍にも広げてくれる。安いので、今年は、これを持って鉾や山を見て周ろう。


Posted by こやまあきゆき  at 17:16   │  comments:(0)  │   京都の祭り


2006年06月13日

6月の花

昔、空間プロデューサーを名乗っていた頃、写真家や陶芸家などを集めた「6月の花」という展覧会を開いた。しかし結果はみごとに「あじさい展」であった。京都には、季節をテーマに定期観光バスツアーなるものが、実に多彩に便利に企画されているが、やはり6月はあじさい。桔梗や睡蓮もあるのだが、
雨が多いだけに、濡れたあじさいは、やっぱり絵になる。圧巻は、宇治方面の三室戸。5000坪に1万株はあるというあじさいが、土日に7時から9じまでライトアップで楽しめる。
しかし雨や暑さの嫌な方は、やはりこの時期演劇やコンサートに、シネコンで過ごして、夜に夕立の後に繰り出したほうがいいだろう。大寺院の中は、たいてい涼しい。貴船や鞍馬はもちろんだが、叡電とケーブルで山頂のガーデンミュージアムから琵琶湖を一望もいいし、金閣寺の奥の「しょうざん」なんかも涼スポット。やっぱりトロッコ列車に乗って、保津川下りとか、伏見の蔵めぐり。月桂冠やかっぱワールドなんか、暑さ忘れる。やっぱり花より団子派みたい。夜がだんだんと、楽しくなる季節。


Posted by こやまあきゆき  at 17:02   │  comments:(0)  │   芸術の都京都


2006年06月13日

デートの5スポ

デート京都ってどこでもええやん。お寺も公園も鴨川も。やっぱよく行くのが、鴨川・御所・植物園
昔から植物園行ったら別れる言われていて、5人目で結婚しました。しかし伝説はただしい。
最初のデートした人、1年間すれ違い交際になって別れました。2人目、突然彼女がアメリカ留学して、別れました。しかしなぜか今でも1年に1度いっしょにご飯食べたりする良き友人です。3人目
外国の女性で、1年の研修期間がすんで、帰国しました。無茶仲良かったのに実は、結婚していたのです。ショックで1ケ月寝込みました。4人目外国人でした。日本語名も決めて両親ともショッピングに行くほど仲良かったのに、実家の事情で帰国しました。5人目、今の奥さん。一番避けたかった植物園に彼女が絵描きだったので、恐る恐る何度もいきました。7年目に結婚2人の娘、その後家庭内別居夫婦。でもなぜか無事つづいています。一緒にすまなければいいのかも。ちなみに最後の5スポは、宝ヶ池。新婚旅行で行きました。(?)・・・実は、時間なかったので式の後は2日間宝ヶ池にいました。その後2年続けて海外旅行にいきました。倍返しのお陰で年子にも恵まれました。?!


Posted by こやまあきゆき  at 01:57   │  comments:(0)  │   京都散策


2006年06月13日

船岡山公園

京都の都『平安京」は、船岡山の山頂から見て作ったと聞いて、夜に夜景見るつもりで、初めていったら、間違って建勲神社に登ってしまってむちゃくちゃ怖い思いをした。改めて登るとやっぱり都が東に寄っていったのもうなずける。しかし平安京が出来た頃は、かなり湿地帯が多く、今とはかなり違ったのだろう。しかし山頂から見るなら京見峠位登ってほしかったなあ。秦氏・出雲氏・綾羽氏・八坂氏・土師氏・加茂氏いろんな集落が点在していたんだろうね。でもその時代だったら、鳥や鹿・猪取りに行かなあかんし、ちょっとサンタクロース寄って行こ、とかピコリノで叡電見ながら一服なんて出来ないから、大変やったね。いまやったら。あぶり餅食べてから登れんのに。でも朱雀大路や大極殿跡確認して、なんで東寺が残ったかいろいろ考えて見よう。ちなみに大極殿の文字は、東洞院御池の嶋だいさんの前の当主の文字だそうです。


Posted by こやまあきゆき  at 01:41   │  comments:(0)  │   京都散策


2006年06月13日

伏見稲荷大社の秘密

伏見稲荷大社。毎年初詣に行く。中学生の頃は、東福寺や桃山御陵と並んで、帰宅時の散策コースだった。正禰宜さんの息子さんが同級生で、高校時代にはお手伝いもさせてもらった。
山には、本社以外に小さな祠があるが、中には、本社と直接関係のないものも有る。
神主さんは、世襲かと思ったら、大きな神社は、他のお宮にお勤めに行くので、別々の神社でのお勤めになるそうで、私の幼馴染は、北野天満宮にいる。おかげで結婚式は、梅満開の北野天満宮本殿で挙げられた。勉強苦手の私は、高校も大学も危なかったのに、今高校の非常勤講師で、小学校の子供を教えることも。
学問には、年とともに縁が出来たが、お金にはとんと縁がない、やっぱり彼がお稲荷さんにいてくれていたら人生変わったかも。なんて人任せな考え持つから、口先案内人なんていわれるんだろう。
まあ、口さけ男よりは、いいけど。


Posted by こやまあきゆき  at 01:22   │  comments:(0)  │   京都の神社仏閣教会


2006年06月13日

法然院の梶田住職

哲学の道。凡人の私も、この道を歩くと、賢くなったような気がして、腕組みなんかして、実は、頭の中は、銀閣寺のソフトクリームおいしかったとか、大文字の上り口の馬いつからいいひんのやろう、とか、お茶を飲むのは、アトリエにしようか、若王子にしようかとか、挙句には、小腹へったし「おめん」に寄ろか、戻って「大銀」でごはんしょうか、とか、いたってパッパラパーなのです。結局「風の館」に寄って、昔サスペンスドラマの舞台になったとか、嵯峨野の繭のお店とお友達やねんとか、知ったかぶりしながら、又も買ってしまうのです。一時まねして折り紙と竹ひごとタコ糸マジックなど持ち歩いて、レストランの待ち時間にモビール作って、店の女の子に「すごーい」とか「カワイイ」とか言われると、ちょっとクールに、その辺に飾っといて、なんて自分なりには、かっこつけてたつもりやけど、きっと変な叔父さん扱いで捨てられてたのは、間違いない。われに帰ってちょっと賢くなった気にさせてくれるのが、法然院の梶田住職や森の教室。・・・・・実は、同級生でんねん。


Posted by こやまあきゆき  at 01:06   │  comments:(0)  │   京都の神社仏閣教会


2006年06月13日

大学のミュージアム

京都の大学には、一般人でも利用できるミュージアムがいろいろある。
とにかく2つは是非1度見学していただきたい。
まずは、立命館の平和のミュージアム。私は、若干の憲法改正には賛成だが、むしろ平和憲法と侵略や先制攻撃はしない平和の理念は、今以上に明記していただき、二度と日本周辺で、そして一日も早く、世界から争いがなくなることを心から願う一人でありますが、やはりその為に、事実を理解する努力と異なった価値観を持った世界のひとと理解しあう努力は、常に忘れずつ続けないといけないと思います。人のせいにしないで、まず自分からはじめる為に、1度は行ってほしい、そして自分なりの意見を持ってほしい。たとえ皆違っても。理解しあう努力を始めてほしい。私もその一人でありたい。
 もうひとつ、よく行くのが、京大博物館。小麦の遺伝とか、サルの生態とか、企画が変わるとまず一度は行きます。帰りにビリケンの散髪の後の電気洗髪機で頭洗ってのけぞりまくるのです。


Posted by こやまあきゆき  at 00:49   │  comments:(0)  │   学問の都京都


ひとつの廃校になった博物館に、京都の小学校に寄贈された美術品や昔の教科書なんかが展示されて、博物館になっている。五条河原町を西に歩いていくと北側に右折の目印。
実は、ここにいって感動したのだ!「京都人てすごいって」
館長は、日本画の大家、上村先生。花鳥画で有名な方。自分の使った教科書に再開して、ノスタルジにふけることも出来る。だがしかし小生が感動したのは、明治になって、首都が東京になり、天皇や、政府の役人やすべてが東京に移る事になった時、京都の各階の代表が集まり、このままでは京都はダめになってしまう。どうしようかと知恵を出し合った。あなたならこのときどうする?この時歴史は変わった。なんて、NHKの番組みたいだが、そう!京都人は、「番組小学校」を、60以上も京都の各学区に明治2年に立ち上げたのだ。費用は番組内のかまど税。しかも金持ちに集金させたから、お金のない人の分は、立て替えられたとかで、余ったお金は、商人に貸して運営費に当てたとか。しかもこども達全員が、3つの事をまず学んだ。国語・算数・絵画。これが今日の京都の礎。


Posted by こやまあきゆき  at 00:32   │  comments:(0)  │   娯楽の都京都