花街の想い出 1 祇園東 1 目立たない祇園東

こやまあきゆき

2007年02月09日 01:24

京都に生まれて、祇園東の名は五花街合同の踊りの舞台などもあって、京都人なら知っているが、どこにあるのかよく知らない人が多い。祇園にあった700軒近いお茶屋さんは、8町にまたがっていたが、2分割された。当然甲部・乙部となるわけだが、甲部がなぜ町並みが残っているのか関係者に聞いたところ、説明もいろいろあって、皆さんご自分の立場もあって説明もまちまち。私なりになるほどと思っているのは、甲部は、組合組織となり、お茶屋も組合からお借りする形を取ったのでお茶屋の町並みが残ったが、当初乙部に分割された地域は、祇園東として残る東の一角と甲部に組み込まれた新橋周辺以外は、個人所有となった為に、次々今風の飲食街に変わってしまった。結局「甲部」と「東」に分割されて今日にたるというのである。中末吉町の観亀神社の周辺に現在は11軒のみとなった。

関連記事