京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at    │  


久しぶりに顔を出した「セサモ」は、我が恩師。輸入雑貨の卸「グランピエ商会」の岡田社長が、私がお世話になった無国籍料理「カプリチョース」「カプリチョースセグンド」に続いて、京都で3番目のお店として誕生した。私や元スペイン料理「フィゲラス」料理長の平山君ら、私たちの世代を私は、カプリ2期生と呼んでいる。

オープン初期の坂本店長や「ノアノア」などのチーフも勤めた深川さんらの世代が、創業1期生と呼んでいる。私も深川さんに最初にカプリの創業メニュー「奄美大島風鶏飯」「おかゆセット」「気まぐれまぜごはん」「鰻の骨せんべい」「沢蟹のから揚げ」「鰻の稚魚または小エビのオリーブオイル」「豆腐ステーキ」「納豆ミンチのサニーレタス包み」「牛レバーステーキ」などを、伝授いただいた。

2期生の私は高島屋にあったスペイン料理「ナガサキヤパティオ」やフレンチの「プチフランセ」。前述の平山君は「フィゲラス」料理長。というほとで、スペイン料理が「カプリチョース」にも導入され、元々グランピエが「パエリア」の鍋輸入元だったので、「パエリア」もオーダー通ってから作りはじめる本格的やり方で導入。待ってる間はスパニッシュオムレツでもどうぞ。と、すぐ出せるタパスも増やした。「カプリ」2店舗が、当時長蛇の列ができる人気店になったころ。岡田社長が、安心してお酒を楽しめ、スペインの店のように、ギターやピアノと歌で、ライブが楽しめるようやくそんなお店のプランができたと図面を見たのが「セサモ」

L字型の入り口側がカウンター。奥がテーブル。角の部分にピアノが。
当時は、フリオイグレシアスなんかよく流していた。

私が3期生と呼ぶ「鹿ケ谷山荘」「カプリチョース麺粥」「プエルタ」など徐々に和食に移行し始めた時のスタッフの顔が金子さんと山田さん。金子さんが「プエルタ」「鹿ケ谷山荘」から現在本田醤油さんの人気のお店の豆屋さんへ。そして和食の経験のある山田さんが、「セサモ」の顔に。今では、独立して山田さんのお店である。
料理がおいしい。種類も豊富で安い。落ち着く。いい大人の安らぎの場である。


Posted by こやまあきゆき  at 15:28   │  comments:(0)  │   音楽の都京都


祇園祭の鉾建てが始まり、今日の四条の橋は、ずいぶんにぎやかな1日だった。

町が祭り気分一色になるなかで、

まだ、雨を気にしていた6月末。

木屋町二条の「ホテルフジタ」の南向いの角の花壇の青く・背が高く・美しい花が並んで咲いていた。

私は、しばし足を止めて見とれていた。

翌日、再びこの花見たさにバイクで通りがかったら、真ん中の1本が折れていた。

とても残念で、何か添え木になるものがないか見回したが、きれいに掃除されていて何も落ちていない、「フジタホテル」に行って、何か持って来ようか?割り箸の要らないものとか・・・とも考えたが、再び仕事場に行く時間が迫っていたので、仕事に行った。

なぜか、その花のことが気になって、翌日再び前を通ると、誰かが、黒いテープで治していた。
それから1週間どころか、祇園祭がどんどん計画通りに行事が進んで、鉾建てまできてしまったが、

その花は、いまでも美しく咲いている。
こんなに生命力があるのも珍しいが、やはり、テープで治してくださった方が、大切に水遣りなどの世話もしてくださっているのだろう。

私のいる「キエフ」のビヤガーデンに4本の楓の木の鉢植えがある。
草木を大切にと、加藤智恵子代表が、私の娘の名前の付いた鉢植えを昨年買ってくださった。
昨年は、日が当たりすぎて、紅葉する前に、かなりの葉が落ちた。

今年は、時に日陰に入れたり、特に大きくなったのは、大きな植木鉢に植え替えたり、水を全体にかけて湿気を葉っぱにも与えたり、とにかく今年は、今の所順調に成長している。知らずと、店内の一部日の当たる花壇の花を植え替えたり、花瓶に生けていただく花も、手入れして、最後の1輪でも、トイレの鏡の前に生けたり。

皆、生きているんだ。京都は、水も空気もきれいになって、街角にもゴミが落ちてない。
皆が、いっしょに生きている事を、日常の生活の中で、自然と感じている。
街中の、花壇や、植木を見ながら、そうなんだ・・・と一人思う こやまあきゆきでした。


Posted by こやまあきゆき  at 00:34   │  comments:(0)  │   京都散策