京つう

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Posted by 京つう運営事務局  at    │  


今日の話し、閉店で店も閉めて雑用をしていたら、シャッターの声。続いて電話の声。「あ、先生!今日は終わりました」「いいからシャッターちょっと開けて!」と馴染みの先生の声。「ベッピンさん見せたげるから」・・・「はい!」シャッターを開けると。ドキッ!そこに素敵な女性が立っていた。「宮川町の○○どす」それは夢ではなかった。・・・本当にたった今ブログを書いている時の訪問者。


Posted by こやまあきゆき  at 03:09   │  comments:(0)  │   京都の花街


キエフはソビエト連邦時代のお店。当然中央アジアの国々の料理がある。そんな料理にくわしいカップルが、よく来てくださり、楽しく語り合った。ところがそれがなんと、お姉さんと実の弟。宮川町の人気○○。さすが貫禄もあり、知識もあり、明るく素敵な方だと思っていたが、私服でお話していたので、最初わからなかった。今では、キエフ・ロシアちゅうおうアジアに興味を持つ仲間である。


Posted by こやまあきゆき  at 03:01   │  comments:(0)  │   京都の花街


下の子の出産に、下鴨神社の南の森産婦人科でいっしょに入院・出産した方がこの町内の方だったので、家内と後日遊びに行った。そんなご近所感覚もこの辺に住んでいると感じる。何故かというと私の実家は陶器屋。五条京阪の東側の仕出屋の「近幸さん」は祖母の実家。有る意味宮川町は、お得意さんな訳です。


Posted by こやまあきゆき  at 02:53   │  comments:(0)  │   京都の花街


宮川町を歩いていて感じる事は、歩いている方が皆美人ぞろい。そんな話しは何度も聞いたが、確かに。皆さん「東山女子学院・宮川町歌舞練場」で学んで、発表会に行くわけだが、元々『阿国』さんが踊ったのは、団栗端から松原の橋あたり。それだけに、歌舞伎の伝統も受け継いでいます。昔から芝居の役者さんなどの遊び場だったので、役者さんとのパイプが太い。今でもその辺のお茶屋さんから出て来そう。


Posted by こやまあきゆき  at 02:43   │  comments:(0)  │   京都の花街


宮川町は、南座の南側の団栗橋を東に渡って大和大路の1筋手前を南に真っ直ぐ両側に実に綺麗にお茶屋さんが並んでいる。祇園や先斗町がかなり観光化されるなか、有る意味で最もお茶屋の雰囲気が、昔ながらのイメージで残っている花街だと思う。それだけにこのままの雰囲気を残してほしいものだ。この道を私は何度歩いたかわからない。実は、私のいるロシアレストラン「キエフ」の専属のロシア楽団用に、昨年まで宮川町から大和大路に抜ける一角にあるマンションを、年間通しで借りていた。管理は私の担当。したがって楽団がいない時は、私が郵便他の確認の為に、宮川町を通り抜けていた。挨拶してくれる舞妓さんもいて、ちょっと地元気分。有る意味ここも自分が町内会で住んでいる感じの親しみを感じる町だ。ところで、祇園祭りの時に3体の御神体を鴨川で御清めする。その為にこの当たりの川を特別に『宮川』と読んだので、この一帯の花街に『宮川町』の名が付いた。御神体が3つある為に、宮川町の家紋は「3つの和」になっている。


Posted by こやまあきゆき  at 02:15   │  comments:(0)  │   京都の花街


普段仕事で祇園にいるせいか、お誘いの電話で、舞妓さんの名前が入っていることがしばしばある。○○も来るし、とか。いっしょでも舞妓さんは、グレープフルーツジュースを飲んでいるだけ。でも外ではいろいろ話が弾む。素顔の舞妓さんもずいぶん見たし、新橋の「やまと」とか、すれ違う事も多い。時にキエフの下には、「オクタニ」さんもある。しかし金曜日の新橋は、「辰巳神社」の近くにニセ舞妓がたくさん出没する。外国人が写真を撮って喜んでいる。舞妓変身のお店と3方すべてよし。


Posted by こやまあきゆき  at 01:09   │  comments:(0)  │   京都の花街


陶芸家仲間と久しぶりに再会しいたのも祇園甲部のお茶屋さんだった。福井県でいっしょに登り窯を作った面々。近藤高弘・猪飼祐一・木村隆・市野雅彦・小山晶之の5人。山田晶と備前の延原君は来れなかった。若手陶芸集団「チェラミスタ」を結成し活動した200名近い仲間達。その有志7名が越前の登り窯再現に取り組んだ。なぜかお茶屋はくつろげるが、考えてみれば自分達のお金で正式に来たのは初めてかもしれない。大抵スポンサーに連れられてくるから。本来ここに座ってる身分でもないし。でも、普通入れない店でも、親しければ気楽にも利用できる。ありがたやありがたや。


Posted by こやまあきゆき  at 01:00   │  comments:(0)  │   京都の花街


祇園に出入りするようになると、「都をどり」はもちろん、様々な京舞の発表会に行く機会が出てくる。祇園歌舞練場は、やっぱり華やかな舞台だ。この「加藤登紀子さんのほろ酔いコンサート」の舞台にもなっている歌舞練場には、家内のお父さんが自宅で飼って育てた鯉がたくさん泳いでいる。「一力」の故中島さんと仲のよかったお父さんは、祇園観光協会に個人で加盟している。バックアップする企業が名前を連ねているなかで、個人会員は数人しかいなかった。それはお父さんの自慢かもしれないが、何かの事情で鯉が少なくなった時に、お父さんが譲ったようだ。しばらくは歌舞練場にエサをやりにいっておられた。鯉がかわいいのか?かわいい人がいるのか?私と結婚前の家内も心配していた。都をどりの京舞井上流。私の縁続きの人に名取がいる。ご主人も邦楽の家元。やはり芸の世界は、奥が深い。そんなこんなで、舞の発表会にも時々顔を出した。都をどりの六兵衛さんのお皿もたまっていった。


Posted by こやまあきゆき  at 00:45   │  comments:(0)  │   京都の花街


学生時代の後輩が、祇園生まれだったお陰で20才で出入りするようになった私は、知らなかったいろいろな祇園の素顔に接する事が出来た。彼女の祖母が、お茶屋さんを経営。お母さんは割烹屋さんを経営。とはいえ隣接していた。自宅は白川の方にあったが、祇園祭りの時には、彼女の浴衣を女子部員は皆借りて、全員浴衣姿で出かけた。といっても、どうも彼女は夏着物風。着こなし仕草すべてがなれているからか美しい。驚いたのは彼女の家に皆で戻ってから。皆お腹すいたはりまっしゃろ、座って待ってて、(さすがにおくれやす、まではつけなかったが、京都弁のイントネーション。そして、タスキがけで、袖をまくると台所で料理の準備を始めた。「すご~い」男女を問わず、そのテキパキした動きに一同ただただ感嘆の声。15人位いたので、「何か手伝いないか~」と鼻の下伸ばして台所に入ろうとすると、「男はんは、台所にはいらんといて、てつどうてくれはるんやったら、○○さんと○○さんてつどうて!」と、強く、台所に入るのん拒否された。指名された2人の女子部員も、「切ったりするのも手際よすぎて手伝う事あらへん」と、運びやにてっしていた。この時の手料理のおいしかった事。祇園祭りが来ると今も思い出す。


Posted by こやまあきゆき  at 00:34   │  comments:(0)  │   京都の花街


私が初めて「お茶屋」さんという、京都の華やかな世界にデヴューしたのは、お酒が飲める20歳の大学3回生の時だった。とは言ってもこれが実は、裏口入学。大学時代1回生のときは、中学以来の合唱部の関係で、「京都産業大学グリークラブ」の団員になっていたので、早朝から夜遅くまでの練習の日々。合唱連名の吉村先生の指導。橋本部長の叱咤激励の声。遊ぶ暇もなかった。ドイツ語学科で第二外国語がフランス語。ついに勉強の遅れを取り戻す為に、2回生の時に美人1回生の後輩に誘われて、いっしょに「ドイツ語研究会」に入った。しかし倶楽部は、3人以外全員男性。なんとなく殺伐とした中で、ひたすらNHK講座の練習。もっと楽しく勉強やろうよ!といろんなことやりだしたら、翌年新入部員は、ほとんど女の子ばっかりに、気が付けば半分女子部員。そんな中に祇園生まれの実に明るく、礼儀正しい女の子がいた。変えるバスもいっしょなので、いつしか祇園で途中下車。特別実費で飲ませていただいた。おなかがすいた時に取る料理の方が高かった。


Posted by こやまあきゆき  at 00:15   │  comments:(0)  │   京都の花街


一週間夜は、暗闇の中で自炊した。寒かったがけっこう普段考えない様々な事を考えた。風呂だけは家族の家を借りた。仕事柄不潔にはできないし、お湯を沸かす大鍋がないのに気づいた。せいぜいやかん。風呂を沸かすのは大変すぎた。何が必要かいろいろ考えた。そしていらないものもいっぱいあること。備品として、ランプ系の照明になるものも必要。何で、手で回すだけの懐中電灯+充電器が売れるかわかった。携帯電話も充電切れたら終わりだ。電池などの予備。充電の予備など必要なものいっぱいある。食料も冷蔵庫は今後使わないかも。チキンラーメンが今でも人気なのも当然。そのままでも食料になるが、他のインスタント食べられないかも。餅もいいかも。・・・とんかく¥2800ほどのせいで、1週間ずいぶん勉強になった。でも翌日の自宅での風呂は最高だった。


Posted by こやまあきゆき  at 02:00   │  comments:(0)  │  


今なぜこの話を書くかというと、3日前まで1週間電気のないマンション暮らしを体験した。実は、1年前の失敗をまたやったのだ。昨年は、翌日に復旧したので、一晩寒かったのと、アイスクリームが大好物のマックシェィクにぜんぶなって、5個分暗闇の懐中電灯の中で食べたぐらいだったが、今回は、帰って自分で発見。最初大丈夫。この時の為に玄関に懐中電灯2つと非常食もあるし、灯油ストーブも一個置いてるし、と、最初は余裕だった。しかし、懐中電灯1個は電池切れ。ストーブ前のは、電池点火だったが、新しいのもらってファンヒーターと入れ替えてたので使えない。冷蔵庫・電話・洗濯機全部アウト。ガス・水道が生きてるので、溶けた冷凍食品全部鍋に掘り込んでラーメンにして食べた。夜中にいろいろ考えた。ライフライン全部遮断された神戸の人たちさぞや大変だっただろう。電気・ガス・水道あるのが当たり前のマンション暮らし。家族は一戸建ての家内の仕事場にも部屋があるので
普段そこにいるが、いざという時の備えとは何か、しばらくいろいろ考えてみる事にした。


Posted by こやまあきゆき  at 01:47   │  comments:(0)  │  


なぜこの話しを書いたかというと、私の友人で3000坪ほどの敷地の家に住んでいる家族がいる。その家、台所・隣接の風呂以外電気がない。夕食を呼ばれた時も、囲炉裏と行灯だった。用心悪くない?ときくと、よく庭に観光客が知らずに歩いているとか、市内なのに猪道がある。農家を移築した家なので、お金もここには置いてないので取られるものもないとの事。確かにお茶も庭の摘み草。料理も庭の摘み草。少しお肉や魚買うぐらいしか、お金も使わないので置いとく必要もない。もちろんこの家には、貴金属や高級電化製品・車もない。つまり、一般的な人がほしがるものが何もない。あるのは月見のための床机と赤いモウセンぐらいか?ほんとのお金持ちって本当にお金使わないようだ。


Posted by こやまあきゆき  at 01:35   │  comments:(0)  │  


電気が切られている自宅マンションに帰る。私の頭の中で様々なシュミレーションが浮かんできた。帰ってから食事を作るつもりだったが、冷蔵庫の中身は大丈夫か?部屋は真っ暗なはず。懐中電灯どこおいた。とりあえず、帰りに「99円ショップ」で3組懐中電灯を買って、自転車で震えながら帰る。近所が停電だったら、コンビニも閉まってると、仕事場の近所で買っていく。しかし自宅周辺は電気がついている。付いてないのは、我が家だけ。入って99円ショップの懐中電灯は立てると行灯かろうそくのように光った。まるで、夜噺の茶会によばれたようだ。翌日原因判明。3ケ月前の分が払ってない。私は、カードや自動引き落としをしないで、自分で払いに行くので、後日わかったが、普段着ないジャンパーに振込み用紙を入れたまま忘れてた。自己嫌悪。家族に誤ったが、この失敗はかなり家族にはショックだったようで、今日帰るけどだいじょうぶ?と電話やメールが家族から来る。


Posted by こやまあきゆき  at 01:26   │  comments:(0)  │  


今から約1年前の2月の寒い日。夜の10時半頃に家内から仕事場に怒りの電話がかかってきた。娘2人と、寒い中、久しぶりに私のいるマンションに帰ろうと自転車で帰ったら電気が切られていて、やむなく再び寒い中三人は、近くの家内の仕事場に、戻らなければならなかった。
そんなはずはない。間違いなく先月・先々月電気代も払っている。何かのの手違いかトラブルで停電でもしているのか?その時さっぱり理由がわからず、電力会社に怒りすらでてきた。


Posted by こやまあきゆき  at 01:15   │  comments:(0)  │  


梅の季節。京都でやはり有名なのが北野天満宮の梅園。幼馴染の松吉君が神官なので、私の結婚式も梅の季節に北野天満宮本殿で挙げました。陶芸家ということで、特別に私の作った酒盃2つを縄で縛り、〈裏に2人の名前入り)井戸の前に植える(埋めるのですが、二人の愛と人生を植え育てる意味で、水に近い井戸の前に植える)儀式を特別に執り行っていただきました。
ところで、梅園今年は、早目が見ごろ。まず正面から入ります。参道を進むと左手に「東向観音寺」があります。まずここを参拝。お母さんが「大伴氏ゆかりの方なので、伴氏の塚があります。またくも塚は、古く都に住んだ原住民をそう呼んだとの話も。」参道に戻って本殿に向かいますが、右手の松並木が北野大茶会の開かれたとこです。参道の左側の「伴社」は、京都三珍鳥居の一つ。本殿に入る前の三光門をくぐる時に「日・月・星」の3つがあるか確かめてください。本殿をお参りしたあと、本殿の西に出て北周りに本殿の周りの社の解説を呼んで一周しましょう。途中で「長五郎餅」を食べましょう。宝物をみたら。前の大黒さんに小石が乗るか運試し。絵馬所や周囲の祠もみてから本殿の東の入り口から梅園に入ります。すると昔、京の都を城壁のように囲った御土居跡が見られます。梅園で再びお茶〈これは、入園券とセットで)。梅園を楽しんだら、再び正面へ。おなかに余裕があれば、お向かいの粟餅がお薦め。その途中。横断歩道渡ったところに「カスピ海豆腐」売ってます。
豆知識:遣唐使など中国使節にもなった菅原家の旧姓は、土師氏。日本で最初の相撲を取ったのも。天皇の御陵に家臣が生き埋めになるのを、中国にならって埴輪にする提案をし、土師氏に埋葬用の埴輪を作らせた功績で、土師氏の姓をもらい、後菅原姓をもらう。中国で愛された梅をこよなく愛したのは、有る意味桜がシンボルの大和〈和文化)と対比できる。平野神社が平安京に先駆け吉野の桜を都に植えた大和のシンボルで、天神さんは、中国の梅がシンボル。ただし菅原家の家紋は「松」


Posted by こやまあきゆき  at 02:21   │  comments:(0)  │   京都の神社仏閣教会


節分は毎年「吉田神社」に家族でお参りに行きます。お参りは、家内の店から東一条までバス。そこから歩くか、店から直接歩くか、とにかく東一条からたくさんの出店を見ながら左側を進んでいって、〈途中で2つに分かれる。左がお参りに行く人。右が変える人)屋台の人気は、東一条近くなら太鼓饅頭。しかし、本格的には、石段上ってどんどん上る。途中で本殿へのお参りに行くと多分「京都市会副議長のスズキマサホさんが、紋付羽織袴で座ってるところに出くわす。この前、お賽銭投げて娘2人と拝んで帰ろうとしょいたら、「コヤマハン」と声かけられた。そこで娘2人は、巫女さんにお祓いしていただくことになった。お祓いが一番必要なのは、私かもと内心思いながらも。一生懸命拝んでいる2人の娘の横顔見ていると。「ヤッパ娘はカワイイ」の親バカ。そんなことでは、オニが出るかも。吉田のオニは有名。魯山寺もだが、一説によると、海からやってきたロシア人を見てオニと思ったのでは。との説もある。すると赤鬼は、ウオッカ飲みすぎのロシア人なのかも。確かに以前友人のロシア人ジーマとモンゴル人セックと三人で飲んでいたら、おとなしく、超まじめな2人が、酒のせいで真っ赤な顔と真っ黒な顔になって、テンション上って大変だった。まるでオニのよう。もっとも向こうも私のことを、真っ青な顔になっていたので、青オニと思ったかもしれない。「泣いた赤オニ」の中の青オニが大好きなので、どうせなら青オニになりたい!


Posted by こやまあきゆき  at 01:57   │  comments:(0)  │   京都の行事


2007年01月22日

京都のお初天神

1月25日は今年最初の天神さん。私は、神官「松吉真幸」の同級生。天神さんは梅の寺。平野神社は桜の寺。お参りのときは、二の鳥居の西側のお寺にお参り。「くも塚」があります。次に階段を抜ける時に天井の太陽・星・月を見る。お参りの後はたくさんの祠をお参りしながら。たとえば京都三代珍鳥居は参道にあります。連歌井戸の前には、私の記念が埋められました。金持ちになる大黒さん。長五郎餅。鳥居前は「粟餅」どっちもおいしい。


Posted by こやまあきゆき  at 01:02   │  comments:(0)  │   京都の行事


JR二条駅前で開催されてきた「スーパードリームサーカス」が本日千秋楽を迎える。グランドフィナーレはどんなパフォーマンスが待っているか。またの開催を楽しみに、サヨナラ・サヨナラ・サヨナラ!


Posted by こやまあきゆき  at 01:51   │  comments:(0)  │   娯楽の都京都


今日も、ご縁あって前進座の若手俳優さんにお会いしましょいた。主役の嵐圭史さんは、もちろんカッコイイけど、男役では、舞台で滑り落ちてくる役がらの藤井偉策さん。とってもカッコイイ。芸者役の高柳育子さんは、素顔でも素敵な方です。でも女中役の高橋亜紀さんは、将来ドラマなんかでも多彩な活躍されそうな豪快なキャラ。大工の又野佐紋さん亀井栄克さんもファンになってしまう魅力的な方でした。全体的に前進座の役者さんは、皆さんとても身近に感じられる演劇にまじめに取り組んでおられる、好感のもてる方ばかりなので、是非この機会に南座に足を運んでください。若い方も楽しい事請け合い。ただし、嵐さんには、素敵な奥様がおられるので、あしからず。


Posted by こやまあきゆき  at 00:19   │  comments:(0)  │   演劇の都京都